小学校では、普通クラスに在籍しながら、授業の内容によっては、支援学級で授業を受け、食事をしておりました。低学年のうちはまだしも、高学年になるにつれ、みんなと学力も生活面でも差がついてしまい、明莉としても、少々寂しい生活をしたと思います。
また、学童保育にも入っていました。明莉の学校では、学童保育は3年生までの制限がありましたが、明莉のような障害児は6年生まで在籍が可能でした。実際、明莉は6年生まで在籍しておりましたが、やはり、同級生が4年生になると同時に学童から離れていくので、きっと寂しかったでしょう。1~3年生の子供達は、なんで、この人、ずっといるんだろうと思っていたでしょうね。ただ、明莉も下の子供への面倒見は良かったと聞いています。少し乱暴なところや、わがままなところもあったと思いますが、今でも、明莉と一緒に過ごしていた学童の子供達は、街中で出くわしても、明莉のことをしっかり覚えてくれているようです。
学童では、けん玉をしていましたけれども、とても上手になりました。リズミカルに、落下せず50回以上も連続でできます。自分は、3回が限度ですね(笑)。